塩とは・・・
ようこそ「塩」の世界へ!
「手塩にかける」、「敵に塩を送る」、「青菜に塩」など、塩にまつわる言葉は、私たちの身近に数多くあります。それは人間にとって、塩はなくてはならない大切なものだから。でも「塩って、何?」と改めて聞かれた時、皆さんは正確に答えられますか?「料理に使うもの」「食べるとしょっぱい…」「熱中症対策に必要…」といったことは当然としても、塩の働きはそれだけにとどまりません。例えば、革のなめしに使われたり、ガラスの原料になったり、凍結防止のため道に撒かれたり…。食用のみならず医薬、土木、工業用等に幅広く使われています。そこで『赤穂の天塩』では、人間に必要不可欠な「塩」のことをもっとよく知っていただくために、不思議で美味しい塩の魅力に迫ってみました。さあ、めくるめく「塩」の世界を探検してみましょう!
《塩にまつわる言葉の意味》
○手塩に掛ける…自分で直接気を配って世話をする。
○敵に塩を送る…敵対する相手が困っている時に助けの手を差し伸べることのたとえ。戦国時代、武田信玄が北条・今川両氏との同盟を破ったため塩が入ってこなくなり苦しんでいた時、ライバルの上杉謙信が塩を送って武田軍を助けたという逸話によります。ただしこの話の確証はなく後世の作り話という説も…
○青菜に塩…青菜に塩をかけるとしんなりすることから、急に元気をなくし、しょげる様子のこと。
- 1.塩とは何か
- 1-1塩って、どんなカタチ? 1-2塩の色や特徴は? 1-3どんなはたらきがあるの?
- 2.世界と日本の塩の産地
- 3.数字で見る塩
- 3-1日本人の塩の消費量 3-2自給率 3-3食品に含まれる塩の量
- 4.塩の用途
- 4-1どんなものに使われるの? 4-2生活の中での塩とは?
- 5.塩の作り方
- 5-1塩の原料は? 5-2どのようにつくるの? 5-3どんな製法があるの?
- 6.塩づくりの歴史
- 6-1伝統の塩づくりとは 6-2イオン交換膜電気透析法とは 6-3自然塩運動
- 7.にがりとは…
- 8.塩と健康
- 8-1体の中でどんな役割を担っているの? 8-2食文化における塩の役割
- 9.塩にまつわるエトセトラ
- 9-1塩の世界史、民俗学 9-2塩に関することば、慣用句
- 10.特別寄稿「神様のお塩のお話」
1.塩とは何か
1-1.塩って、どんなカタチ?
塩をよく見ると結晶のようなカタチをしています。そもそも塩は海水を煮詰めて蒸発させた後に残る結晶体。鉱物の岩塩も海水が長い年月をかけて結晶化したもの。つまり塩は「海の結晶」ともいうべきものです。その結晶は基本的にサイコロのような正六面体で、塩が成長するときの環境や条件によって、さまざまなカタチの結晶ができあがるのです。
◇塩の結晶は、なぜサイコロ状なの?塩を構成しているのはナトリウムイオンと塩化物イオン。それぞれが電気的に結合し、均等で規則正しい状態に並んでいるためサイコロ状のカタチになるのです。
1-2.塩の色や特徴は?
〈色〉塩の色は白と思いますが、実は無色透明。一粒一粒は透明でも、数が集まると光の乱反射を起こし白く見えるのです。また、岩塩などは他の成分が含まれることがあり、赤や緑、ピンクなどさまざまな色があります。
〈硬さ〉モース硬度2.0〜2.5。石膏ぐらいの硬さです。
〈性質〉不純物を含まない塩水のphは7で、中性です。種類や添加物の量によってわずかに変化する場合もあります。
〈融点〉塩の融点は約800℃。塩の結晶を熱していくと、800℃以上で溶けて液体になります。
〈沸点〉塩の沸点は1400℃。液体状になった塩をさらに熱していくと沸騰し、1400℃以上で気体になります。
〈氷点〉水は0℃で凍りますが、塩水は凍りません。塩の濃度が高くなるとともに氷になる温度が下がる氷点降下という現象が起きるためで、飽和食塩水が氷になるのは約−21.3℃。塩の濃度が高いほど凍る温度は低くなります。
◇塩の味は?「塩の味なんてみんな同じ、しょっぱいもの」と思っていませんか?もちろん塩はしょっぱいのですが、それだけではないという声も…。人間が感じる味は、主に塩味、酸味、苦味、旨味、甘味の5つ。塩の中にはしょっぱい塩味を感じさせる塩化ナトリウムの他に、苦味やコクのマグネシウム、甘味のカルシウム、酸味のカリウムなどが含まれています。ナトリウムが多ければしょっぱく感じ、少ないとその他のミネラル類がほのかに感じる複雑な味わいに。さらに結晶のカタチや粒の大きさによっても味は微妙に異なります。
1-3.どんなはたらきがあるの?
塩には料理を美味しくする働きがあります。同時に不味くするのも塩です。料理の塩加減が良い時に「塩梅がいい」と言いますが、これは酸っぱいものに塩を加えると酸味が和らぎ美味しくなることからきているそうです。人が美味しいと感じる塩の量は、液体にした場合約1%。血液などの体液の塩分濃度とほぼ同じです。ただし食材によって、塩加減はやや異なります。例えば素材の味がしっかりしたステーキ肉などはしょっぱさが強い方が美味しく感じますが、淡白な白身の魚はまろやかな塩加減の方が味が引き立ちます。また塩には、対極にある味をより際立たせる作用もあります。スイカに塩、お汁粉に塩がその例で、入れないより入れた方が甘みを感じます。さらに塩には「脱水作用」、「発酵作用」「防腐作用」、「タンパク質を固める作用」があります。
〈脱水作用〉
塩には食材から水分を吸い出す作用があります。昔学校で習った浸透圧の原理によるもので、水分は濃度の低い方から高い方に移動します。数の子を塩抜きする際に、真水ではなく塩水を使った方がいいと言われるのもこのためで、魚に塩を振って下処理しておけば水分が抜けて身が締まります。
〈食材を変換する、発酵作用〉
「味噌」や「醤油」「パン」等の発酵食品にも塩はかかせません。 例えば、「味噌」は大豆、米麹、塩、水を使って作ることが出来ます。 大豆を煮て袋に入れ、潰していきます。 米麹に塩を混合して塩切り麹という状態にします。 塩切り麹と大豆を混ぜ合わせ、野球ボールぐらいの味噌玉を作り、容器に入れて発酵熟成させます。 このまま6~12ヶ月冷暗所で置いておくと美味しいお味噌の出来上がりです。
〈食材を固める、柔らかくする作用〉
魚や肉に塩を振るのは、味付けだけではありません。塩分があると表面のタンパク質が固まりやすく、内部の汁や旨みを閉じ込め、美味しく焼きあがります。いっぽう、うどんやパンを作るときに塩を入れるのはグルテンの形成を促すためで、もっちりとしたコシが生まれます。
〈色を安定させる作用〉
ほうれん草や小松菜、チンゲン菜などの葉野菜は茹でるときに塩を加えると緑の発色がよく、美味しそうに見えます。また皮をむいたリンゴを塩水に入れておくと酸化を防止し、美味しい色合いをキープできます。
〈防腐作用〉
忘れてならないのが塩の防腐作用。昔から味噌や醤油、漬物、魚の塩漬けなどの保存食に利用されてきたのも、塩の防腐作用によるもの。塩は、食材に使用した場合、脱水や浸透圧の影響などの作用により菌の生育が抑えられる防腐作用があると考えられます。
2.世界と日本の塩の産地
2-1.世界の塩の産地
〈岩塩〉
岩塩は地殻変動で海水が陸地に閉じ込められ、蒸発し、岩のように固くなったもの。形成時期は古いもので5億年前といわれます。採掘場所は主にヨーロッパ、北アメリカ。日本では岩塩が採れる場所はありません。
◆イギリス・チェシャー地方
産業革命の19〜20世紀にかけて、イギリスは世界一の塩生産量を誇りました。その中心地だったのがチェシャー地方。今は緑豊かな田園地帯になっており、塩の博物館があるそうです。
◆ポーランド・ベリチカ
古くから塩の産地として知られるポーランドのベリチカ。町の地下には、現役の岩塩坑として世界最古の「ベリチカ岩塩坑」があり、世界遺産第一号に認定されました。内部はさながら塩の宮殿のような美しさで、床や壁、天井、礼拝堂の祭壇、シャンデリアまですべて岩塩。700年以上続く採掘は、規模は縮小されたものの現在も続いています。
◆サハラ砂漠・マリ
サハラ砂漠は、かつて西アフリカとヨーロッパを結ぶ古い交易路として賑わい、塩は同じ重さの金や奴隷と交換されたそうです。その交易路の途中にあるのがタウデニ(マリ共和国)。海から離れた砂漠の真ん中に、約2億年前に干上がった塩湖が岩塩層となって埋もれていたのです。サハラ交易が衰退した今も、タウデニで採掘された板状の岩塩は、かつてサハラ湖交易の拠点として栄えたトンブクツーの街までラクダのキャラバンで運ばれ、市場で売られています。
〈湖塩〉
岩塩と同じように地殻変動によって閉じ込められた海水が蒸発してできた塩の湖から採取された塩のこと。ボリビアのウユニ塩湖、グレートソルト塩湖などが有名。
◆ボリビア・ウユニ塩湖
標高3700mのアンデス高地にある塩湖。乾季には四国の半分ほどもある広い湖面全体が塩の結晶でおおわれます。地理学的には塩湖ではなく塩原ともいうべきもので、塩湖がさらに乾燥し、濃縮した姿です。雨季の間は水が溜まって湖のように見え、静かな湖面が空を映し出すことから「天空の鏡」とも呼ばれます。
〈天日塩〉
雨がほとんど降らない乾燥した気候を利用して、海水を天日濃縮させた塩のこと。
◆オーストラリア・シャークベイ
シャークベイは、西オーストラリア州で初めて世界自然遺産に指定された美しい海洋です。清浄な海にしか存在しない古代生物ストロマトライトが群生し、多数のジュゴンやイルカが生息している地域として有名です。そこで太陽と風の力を活用して採取する天日塩は、原料としては素晴らしい質をもっています。
2-2.日本の塩の産地
日本は、岩塩や塩湖などの塩資源はありません。また土地が狭く、雨が多い気候から天日塩の生産にも適していません。そのため昔から海水から採ったかん水を煮詰めて塩の結晶を作る「煎熬(せんごう)」が行われてきました。
◆瀬戸内海の十州
江戸時代初期に開発された大規模な「入浜式塩田」は瀬戸内海沿岸の十カ国(長門、周防、安芸、備前、備中、備後、播磨、伊予、讃岐、阿波)を中心に築造されて日本の塩田の主流となり、「十州塩田」と呼ばれました。昭和30年頃までの約400年にわたって、日本独特の製塩法として盛んに行われました。
◆令和元年5月20日、「『日本第一』の塩を産したまち播州赤穂」の塩作りの歴史と文化のストーリーが日本遺産に認定されました。
http://www.ako-hyg.ed.jp/bunkazai/japanheritage/salt/
3.数字で見る塩
3-1.日本人の塩の消費量
日本の塩の消費量は年間で約860万トン。食用(家庭や飲食店で使われるものと、食品工業で使われるもの)として約80万トン、ソーダ工業用として約650万トン、融氷雪用、家畜用など、その他の用途として約130万トンが消費されています(令和3年度実績ベース)
3-2.自給率
日本の塩の自給率は約11%。年間約700万トンを輸入しています。(出典:「財務省貿易統計」)
◇家庭での消費量は?
日本の家庭が1年間に購入する塩の量は1世帯当たり約1.5kg(令和3年)。東北地方が最も多く、四国、北陸、九州、沖縄と続きます。一方少ないのは、近畿で次に中国、東海です。 世帯主の年代別に見ると、年代が高いほど多く購入しています。 ただし、ここ数年の購入数量の推移を見ると、平成10年代には年間に3㎏以上の塩を購入していたこともありましたが、平成20年ごろまでには2㎏台となり、近年では2㎏を下回っています。
3-3.食品に含まれる塩の量
日本人は1日に約10gの塩を摂っています。料理や食卓で使っている塩の量は約1.2gで、醤油、味噌、ソース、マヨネーズなどの調味料から約5.3g、漬物やハム・ソーセージ、パン・麺類など調味料以外の食品から約3.3g摂っています。(出典:「平成29年国民健康・栄養調査報告」厚生労働省)
◇普段食べている食品に入っている塩の量(100g当たり)○主食
こめ(精白米を炊いたもの)0g
食パン 1.3g
うどん(ゆでたもの)0.3g
そば(ゆでたもの)0g
○そう菜
きんぴらごぼう 0.9g
もやしのナムル 1.3g
肉じゃが 1.2g
麻婆豆腐 1.1g
チキンカレー 1.4g
合挽きハンバーグ 0.9g
エビフライ 0.8g
豚汁 0.6g
コーンクリームスープ 0.9g
○菓子
どら焼き 0.4g
アップルパイ 0.7g
カスタードプリン0.2g
(出典:「日本食品標準成分表2015版(七訂)」文部科学省)
※それぞれの食品の100g当たりの塩の量を示したもので、実際の1食当たりの量ではありません。
※「主食」及び「菓子」については、出典の「第2章 日本食品標準成分表」の掲載値、「そう菜」については、「第3章資料」の「そう菜」の平均値を掲載しています。
4.塩の用途
4-1.どんなものに使われるの?
塩は食用だけでなく、工業の原材料になったり、凍結防止、革製品のなめし、家畜用などさまざまな用途、目的に使われています。
食用
○味をつける調味料として。
○脱水・防腐作用を活かして食品の塩漬けなどに。
○小麦粉のグルテンの形成を促進する用途として。
○味噌や醤油などをつくるときの発酵を助ける。
○魚や肉のタンパク質を水に溶けやすくし、ハムやかまぼこなどの練り製品にねばりと弾力をもたせます。
工業用
○ホーロー製品…高温で鉄にガラスを焼き付けるホーロー製品づくりに使われます。
○ガラス製品…鉱物のケイ砂や石灰石と一緒に熱してガラスをつくります。
○塩化ビニル製品…石油からできるエチレンと反応させて、塩化ビニル製品の原料に。
○石けん…脂肪などの石けんの原料に混ぜます。
○アルミ製品…原料のボーキサイドをとかす時に使います。
○紙やレーヨンの原料であるパルプをつくる際に、木材を溶かすために使われます。
その他
○医薬用…生理食塩水やリンゲル液などの原料として。
○革製品…原料になる皮の保存やなめしに使われます。
○凍結防止…道路にまいて路面の凍結を防ぎます。
○家畜用…牛のエサに混ぜたり、自由に舐められるように塩の塊を与えることも。
○イオン交換樹脂の再生…ボイラーなどに使われるイオン交換樹脂は食塩水を流すことで再生し、何度も使うことができます。
4-2.生活の中での塩とは?
○調味料として
調味料の基本は「さしすせそ」。砂糖・塩・酢・醤油・味噌を意味しております。和食の味付けはこの順番に入れると、よりおいしく仕上がるとか。中でも塩は、最も古くから使われている基本中の基本。塩加減ひとつで味が決まるともいわれ、料理上手ほど塩の扱い方が巧みなようです。
○洗剤として使えば地球に優しい
食器洗いには合成洗剤を使いますが、実は塩でも汚れは落ちるんです。軽い油汚れなら、洗いおけにひとつまみの塩を入れて、しばらく浸けておきましょう。まな板や陶器、ガラス類も塩で洗えば手肌にやさしく、ニオイも気になりません。茶渋落としや、鍋磨きにも塩はおすすめ。天然の磨き粉のような働きをしてくれます。
○盛り塩で邪気を払って、運気を上げる
塩は昔からお清めとしても使われてきました。飲食店などの玄関に盛り塩が置かれているのも邪気を払い、運気を上げ、商売繁盛を願うためです。元々は中国の古い故事から始まったとされ、日本でも奈良・平安の頃から親しまれている風習です。
5.塩の作り方
世界の塩の生産量は年間約2億8,000万トン。日本は年間約700万トンを輸入しており生産量はわずか約87.4万トンで自給率は11%ほどです。海に囲まれた日本なのに、生産量があまりも少ないのでは…と思いますが、世界の生産量の多くは岩塩や塩の湖など、海水以外から作られています。
5-1.塩の原料は?
世界で生産される塩のうち、最も多いのが「岩塩」です。しかし日本では岩塩が採れず、原料のほとんどは「海水」です。四方を海に囲まれた日本にとって、海水が原料なら簡単なのでは…と思われがちですが、実はとても大変。土地が狭く、雨の多い気候・風土から、日本の塩づくりは、他の国にはない苦労があったのです。
〈岩塩〉
大昔、もともと海だった場所が地殻変動によって陸に封じ込められ、水分が蒸発し、塩分が結晶化したものが「岩塩」。形成時期は5億年から200万年前といわれ、世界の塩の生産量の約3分の2が「岩塩」から作られています。
〈海塩〉
一方、海水からとり出した塩が「海塩」で、世界の大半が「天日塩」という製法でつくられています。天日塩は、海水を広大な塩田などに引き込み、太陽と風の力で水分を蒸発させる方法。広い土地と乾燥した気候・風土が必要で、メキシコやオーストラリアが主要な生産国です。雨が多く、湿度の高い日本ではこの方法は使えず、大規模な天日塩田もありません。そこで日本では、昔から海水を煮詰めて塩を取り出す方法が用いられてきました。
〈その他〉
岩塩、海塩の他に、塩分濃度の高い塩水が集まってできた塩の湖から採取される湖塩、地下から湧き出る塩水からできる地下塩水塩、塩を原料に再度加工して生産される再製加工塩があります。
5-2.どのようにつくるの?
日本で塩づくりが大変なのは、「海水の塩分濃度はたった3%」で、天日だけでは塩にならないからです。しかも「煮詰めて取り出す」のは効率が悪く、コストがかかります。そこで海水をそのまま煮詰めるのではなく、いったん濃い塩水に濃縮してから、その濃い塩水を煮詰めて塩の結晶を取り出す方法が編み出されました。現在、海水を濃縮する、その濃縮した塩水を煮詰めて塩を作り出すという2ステップによる日本独自の製塩製法は、技術的に大きな進化遂げています。同時に、それ以外の方法でも塩づくりは行われています。
5-3.どんな製法があるの?
現在日本で行われている主な製塩方法は2つです。
〈イオン膜・立釜法〉
イオン膜を利用して海水から濃い塩水をつくり、その後煮詰めて塩の結晶をつくる方法です。しょっぱさの成分(塩化ナトリウム)のみを採取し、乾燥させてサラサラにしたものです。
〈溶解・立釜法〉
外国から輸入した天日塩を水に溶かして濃い塩水をつくり、その後煮詰めて塩の結晶を作る方法です。必要に応じてにがり成分を添加して、ミネラルバランスを整えています。
6.塩づくりの歴史
6-1.伝統の塩づくりとは
古代
日本の塩田塩は1200年の歴史を有しています。縄文時代の遺跡から製塩土器が発掘されているのがその証。その後、万葉集では「来ぬ人を まつほの裏の夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」と歌われています。しかし、その「藻塩焼き」の実態は明らかではありません。広く言われているのは、「海水のついた藻を積み重ね、上から海水を注ぎ、かん水をつくり、これを煮詰めた」とする方法。宮城県の塩竃神社では、毎年7月に藻塩焼神事が行われ、その製法を今に伝えています。
中世
塩田として古いのは「揚浜式塩田」。約1200年前の平安時代には文献として出ており、発掘調査も行われています。揚浜式塩田は、砂を利用して海水の塩分濃度を高め、かん水を得るための装置。粘土で塗り固めた上に砂を敷き詰め、海水をまいて太陽の熱と風の力で水分を蒸発させ、塩分を砂に付着させる方法。海水を天秤で担ぎ、塩田まで何往復もするという重労働な作業です。
室町〜鎌倉〜江戸時代〜
約500年前の室町時代には、「入浜式塩田」の原型となる塩田が作られました。入浜式は、揚浜式のように人力で海水をくみ上げることはせず、塩の干満の差を利用して海水を引き入れ、毛細管現象によって砂上に塩を析出。その砂を集めて海水をかけてかん水をつくり、釜で煮詰める方法です。この方法は昭和30年代まで続きました。
明治38年
日露戦争の戦費調達のために、近代的な塩の専売制度が大蔵省の直轄で始まりました。昭和24年には日本専売公社が創設され、昭和60年に日本たばこ産業に引き継がれていきます。
昭和27年頃
昭和27年頃から入浜式に取って代わったのが「流下式塩田」です。ポンプで汲み上げた海水を斜面(流下盤)に流し、さらに竹の小枝を逆さに積み重ねた枝条架に塩水を流して循環させ、太陽熱と風の力で水分を蒸発させかん水をつくります。労力が大幅に軽減され、生産量も上がりました。
昭和47年
昭和46年、政府は「塩業近代化臨時措置法」を国会に提出。塩の製造・販売は国の管理下におかれました。同時に従来の水分を蒸発させる方法から、海水中の塩分を集める「イオン膜」が導入され、塩は工場で作られるようになります。こうして、翌年(昭和47年)には塩田による製塩法は全て廃止となりました。
平成9年4月
明治以来、92年間続いた塩専売法が廃止され、新たに塩事業法が施行されました。原則自由の市場構造に転換し、誰でも自由に塩をつくることが可能になりました。
平成14年4月
完全自由化となり、輸入塩に関する規制もなくなりました。塩製造者が増え、さまざまな方法で塩づくりが行われています。
6-2.イオン交換膜電気透析法とは
塩田が海水の水分を蒸発・除去する方法なのに対し、イオン膜はイオンの性質を利用して海水中の塩分を集める方法です。塩は海水中ではナトリウムイオンと塩化物イオンに分かれて存在しています。イオン膜を海水に入れると、プラスの電気を帯びたナトリウム、マグネシウム、カルシウム、カリウムのイオンなどは陰極に、マイナスの電気を帯びた塩化物イオン、硫酸イオンなどは陽極に移動します。この原理を応用し開発された製塩法が「イオン交換膜電気透析法」による工場大量生産方式です。これによって塩化ナトリウムのみを採取し、「食塩」としたのです。
6-3.自然塩運動
土地と労力を要する塩田を廃止し、合理化を追求した「国家百年の大計」は、「塩は塩化ナトリウムだけをもって塩とする」という考え方だったわけです。塩に不純物は不要。塩化ナトリウムだけを科学的に取り出す「イオン交換膜製塩法」によりつくられたのは、自然なミネラルを取り去ったサラサラとした白い塩でした。旧専売公社の「食塩」(並塩)がそれです。 ところが、「塩は単に塩化ナトリウムだけでなく、海水に含まれているマグネシウムやカルシウム、カリウムなどの成分を含んだものを塩とする」という考えを持つ自然塩復活の消費者運動グループが立ち上がりました。同グルーブは5万人の署名を集め、政府に嘆願書を提出。そして昭和48年6月、専売公社は「自然塩」の製造を認可し、自主流通を認めました。
7.にがりとは…
“にがり”とは、海水から塩分(塩化ナトリウム)を大部分析出分離した残りの液体のことで、主な成分は塩化マグネシウムです。にがりのはたらきは以下の5つです。
(1)素材のコシを強め、煮崩れを防ぐ。
(2)アク(灰汁)を取り出し、おいしさを保護。
(3)健康維持に欠かせない栄養成分として。
(4)発酵を促進し、食品の旨味を向上させる。
(5)まろやかな塩味を引き出す。
8.塩と健康
8-1.体の中でどんな役割を担っているの?
健康において悪者扱いされることの多い「塩」。果たして体に悪いものなのでしょうか?もちろんそんなことはありません。塩には細胞の新陳代謝を促し、栄養の吸収や消化を助け、神経や筋肉の刺激を整える役割があります。実は塩の成分であるナトリウムは私たちの体に必須のミネラル。体内には常に一定の割合でナトリウムが存在し、それを使うことで生命を維持しています。
そのナトリウムが不足すると、血液や消化液、リンパ液などが滞り、循環不全や血圧低下、頻脈、頭痛、立ちくらみ、倦怠感、疲労感、食欲不振などにつながります。特に急激な減少は危険で、筋肉の痙攣を起こし、昏睡状態に至る恐れも。まさに熱中症の状態です。女性にとっては新陳代謝の衰えも気になるところ。お肌に影響が出て老けて見られる心配もあります。かといって摂りすぎはもちろんよくありません。何事もバランス良くが大切です。
神経や筋肉の動きを調整
ものに触った時の刺激を脳に伝えたり、また脳から手足を動かすように筋肉に命令を与える神経細胞。この働きに役立っているのが塩の成分であるナトリウムイオンです。塩が不足すると脳からの情報伝達がうまくいかなくなり体調不良度を引き起こします。激しい運動をして足をつるのも、汗をかいてナトリウムイオンが不足した為かもしれません。
細胞を維持する
塩は血液や消化液、リンパ液などの体液に、イオンの状態で溶けています。そして細胞の内と外の体液の圧力(浸透圧)を調整し、バランスを一定に保つ働きをしています。実は細胞そのものの維持に不可欠で、不足すると体のあちこちに不調が出て、動かなくなってしまうのです。
栄養の吸収、消化をサポート
塩味が極端に少ないと、美味しくないですね。適切な塩味は食欲を増進させ、塩味の刺激によって美味しいと感じる味覚も保たれています。もともと体内にある塩化物イオンは胃酸の主成分で、食べ物の消化をサポートしています。また、ナトリウムイオンは小腸で栄養を血液中に溶け込ませる働きに関わっています。
◇塩を控えすぎていませんか?
令和元年「国民健康・栄養調査」の結果では、20歳以上の日本人が1日に摂取している食塩の量は、男性10.9g、女性9.3g。過去10年間の平均値を見ると、年々減ってきています。しかし、日本人の食事摂取基準(令和2年版)では、1日の食塩摂取量の目標値は「男性7.5g未満、女性6.5g未満」で、目標より約2g以上多いのが現状です。例えば、日本人の基本的な朝食を思い浮かべた時、味噌汁1杯で約1〜2g、梅干し約1.8g、白菜の漬物約1.0g、アジの開き約1.0g、納豆に醤油を入れたら、突破しそうな勢いです。確かに高血圧な人だと減塩で血圧が下がることはあります。でも味噌汁を飲まない、梅干しを食べないことの弊害も大きいのではないでしょうか。
減塩で一番心配なのはミネラル不足です。ミネラルは炭水化物、脂質、糖質、ビタミンに並ぶ栄養素。カルシウム、リン、イオウ、カリウム、ナトリウム、マグネシウム、塩素の主要ミネラルに加え、鉄、ヨウ素、亜鉛、銅、セレン、マンガン、コバルト、モリブデン、クロムの微量ミネラルも、とても少ない量で重要な働きをするものです。例えば亜鉛が不足すると味覚障害になりやすく、鉄が少ないと貧血につながりやすい。ただ、通常はバランスの良い食事を心がけていれば不足することは少ないものです。 食塩摂取量の目安を守ることは大切ですが、ミネラル供給源の一つである塩を極端に減らすのもあまり望ましいことではありません。 ※食塩摂取量の数値は1日あたり、当該食品からの食塩摂取量の平均値・令和元年 国民健康・栄養調査結果のデータをもとに解析した結果。
8-2.食文化における塩の役割
日本の食文化は食品材料、食べ物の知識、調理技術、食べ方などの広がりの中に結実してきました。その中で、塩が果たしてきた役割は大きいものがあります。 食材に使用した場合、旨味の調整、浸透、防腐、醸造、改良促進など多角的な働きをするにがりを含んだ粗塩は、素晴らしい特長を見いだすことができます。
〈マグネシウムの話〉
にがりの主成分はマグネシウムです。近年、マグネシウムは「必須元素」(厚生労働省)の主要成分とされています。にがりの効用が科学的にも認証されたわけです。 実は、現代人はマグネシウム不足といわれています。原因は食事の欧米化や加工食品の利用、アルコールの摂取、ストレスなど。マグネシウム不足は、生活習慣病とされる心臓病や高血圧症、糖尿病等に深く関与することから大きな問題になっています。また近年、マグネシウムは花粉症、アトピー、便秘解消の観点から摂取するのが望ましいという報告もあり、健康の維持・増進、料理を美味しくするといった多角時な働きをすることも解明されています。昔の人たちが自然の食べ物から摂取していたマグネシウムを、現代人はいつの間にかないがしろにしてしまったようです。
9.塩にまつわるエトセトラ
9-1.塩の世界史、民俗学
◇人間が誕生まで育つ羊水。その成分バランスは海水と同じような比率でナトリウム、マグネシウム、カルシウム、カリウムなどの元素が含まれています。"海"という漢字は、水に人の母と書きます。フランス語の海、ラ・メール(mer)は母(mere)の意です。うみ、産み、生み、海は生命のふるさとであり、「塩」はその海のエッセンスといえるものです。
◇大乗仏教の経典の一つ法華経には『すべて、如来の寿命は海中にあり』とあります。イエスは神の子たるべき人々をさして「地の塩」と表現し、聖書にも『塩、もしその味を失わば、なにをもってそれを補わんや』と示しました。失われたものは取りもどすしかなく、他をもって補うことはできません。
◇中国では紀元前7世紀に、塩の専売制度が確立したと言われています。中国4000年の歴史は古代王朝の塩地を巡る争いの歴史から始まったとされ、塩が国の重要な財源でもありました。実は21世紀の今も中国では、塩は国の管理のもと専売制が続いています。
◇イタリアでは古代ローマ時代に、すでに政府が塩に関わっていました。サラリーマンの「サラリー(salary)」は古代ローマ時代に兵士に与えられた「塩」を意味するラテン語の「サラリウム(salarium)」が語源と言われています。また「すべての道はローマに通じる」とされた古代のローマ街道の中で、最も華やかだった「サラリア街道(Via Salaria)」は、その名の通り「塩の道」のこと。サラリア街道における塩の交易がローマという街が誕生した原点であったとも言われています。
◇欧州において「塩」は、中世の修道院の財政的基盤となりました。6世紀にはイタリア・ヴェネチアにおける主要商品となり、ザルツブルグ(塩の城)付近の岩塩の採掘とともに「塩の道」ができました。
◇「塩」を巡っては争いも多く、フランス革命の原因の一つは「塩」にかけられた厳しい税金だったと言われれています。イギリスの塩税は比較的遅かったものの、ガンジーの「塩の行進」はイギリス植民地政府による塩の専売制に対する抵抗で、これがインド独立運動のきっかけになったと言われています。
◇このように塩に関わる歴史、由来する言葉は世界中に数多く存在します。各地の地名、民謡、俚諺、物語りに残り、お清めや健康療法にも用いられてきた塩。サラリー(salary)のみならず、野菜のサラダ(salad)、フランスのサロン(salon)文化も、塩(salt)が語源で、塩に関わる話題は尽きることがありません。
9-2.塩に関することば、慣用句
特別寄稿「神様のお塩のお話」
元伊勢神宮禰宜 篠原 龍
塩と言いますと、塩分の取りすぎは体に良くないなどと言われていますが、塩は人間にとっては大変大切なものであります。
塩という読み方は、潮から起こったものでありますが、満ち潮や引き潮が人間の生・死に関係を持っていることは、
皆様もよくご存じのことでありましょう。
人間の最後のリンゲル注射も食塩水であります。
また、「具合がいい」「うまくいっている」という意味に「塩梅(あんばい)がよい」が、よく使われます。
この塩梅も、本来は料理の塩加減がよくて、味のバランスがとれているという意味から起こったものであります。
このように、塩は人間にとっては欠かせない物であります。
また、塩は食材に使用した場合、腐らせない防腐作用をもっていますので、清浄(せいじよう)を尊(とうと)び、穢(けがれ)れを嫌う日本人の伝統的信条から鹹水(かんすい)(海水)や塩が清めのために用いられて参りました。潮垢離(しおごこり)とか御輿(みこし)の浜降りの行事なども、海に入って清めるという意味であります。
相撲の本場所で仕切りに入るたびに塩をまきます。
十五日間で四五〇キロほどの塩が使われると聞きましたが、
これも土俵を清め、清々しい気持ちで、相撲をとろうという気持ちの表れであります。
また、打ち水をした清々しい料亭などの玄関の両端に盛り塩のしてあるのを見かけますが、
これも魔除けや不浄除けの意味からであります。
塩は私たちの物心(ぶつしん)両面においける生活には欠かせない大切な物であることが、理解出来るのであります。
神宮の祭典のお供え物の中で最も大切なお物は「御塩(みしお)」(神宮ではお塩を御塩と呼びます。)であります。
命の源でありますお水と飯(いい)と御塩が主要なお物で、これに次いでいろいろな神饌(しんせん)がお供えされます。
又、御塩は[お祓(はら)い]、お清めの神事には無くてはならないものであります。
お祭りにあたって、お供え物をはじめとして、奉仕をする神職なども、御塩をそそいでお清めを致します。
海中に身を浸して、身を清める[禊(みそ)ぎ]の後に、お祭りに奉仕するのが、古代から今日まで伝わる伝統的な慣習であります。
禊ぎによってあらゆる罪穢(つみけが)れが、大海原に運び去られ、消滅すると考えられていました。
これを簡略にして、禊ぎのかわりに、塩をそそいで身を清めるのであります。
塩が神道にとって
どのような意味や役割があるのか?
神宮でお供えします御塩は、二見浦から供進(きょうしん)されていますが、
これは遠く皇大神宮ご鎮座の当時に始まったと伝えています。
現在の神宮の御塩づくりは、五十鈴川の河口に近い汐合橋(しおあいばし)を渡り、河口へ五百メートルほど下った所に、六六〇〇平方メートルの御塩浜があります。
ここへ海水を引き込み、天日(てんぴ)で乾かし濃い海水を採(と)って、二見海岸にある御塩汲入所(みしおくみいれしょ)へ運び、それと並んである御塩焼所(おしおやきしょ)は、二棟共に茅葺(かやぶき)き屋根の天地根源造(てんちこんげんつくり)と言われる、古い建築様式の建物であります。
八月上旬にこの御塩焼所の鉄製の大きな平釜に、 濃い海水を入れて、 一昼夜煮詰めます。
三日間で五四〇リットルの荒塩(あらしお)が造られます。
この様な塩の製法を「入浜式製法(いりはましきせいほう)」といい、 今日(こんにち)では、ここに残る珍しいものとなりました。
二見潟春の塩屋のよはの月
煙といえば霞む空かな 後鳥羽院
(一一八〇~一二三九)
このようにして出来上がった荒塩は俵に詰めて、 御塩殿(みしおどの)の裏の御塩倉(みしおぐら)におさめ、 灰汁抜(あくぬ)きを兼ねて保存されます。
毎年十月五日、 御塩殿の隣にご鎮座の皇大神宮所管社御塩殿神社(みしおどのじんじゃ)において、全国の塩業関係者が多数参列のもと、神宮神職が奉仕して、御塩殿祭(みしおどのさい)が厳粛に行われ、御塩の焼き固めの安全と日本塩業の発展をお祈りします。
その後み火鑚具(ひきりぐ)で鑚り出した、清浄な火を竈(かまど)に移し、五日間御塩の焼き固めが行われ、三角錐の素焼きの土器に荒塩を詰めて、竈の中で焼き上げ固塩を造ります。
一年間の祭典で御料(ごりよう)として二〇〇個が必要であり、十月と五月の二回御塩焼固めが奉仕されます。
出来上がった固塩は、辛櫃(からひつ)に納められ外宮に護送され、両宮の御料にあてられます。
神宮の御塩造りは、二見の波音の響く森閑とした松の緑の林の中で、
二千年の伝統のままに、今日も行われ、大神様にお供えされていることは、有り難いことであります。
以上神様のお塩のお話でした。
古来からの製法で儀式を伴いながら神様にお塩をお供えします。
穢れを清める、そんなパワーを感じていただけましたでしょうか。
筆者 篠原 龍さんの紹介
伊勢在住。
1946年 茨城県大洗町に生まれる。
祖父は修験道の指導者、父は元・熊野の那智大社の宮司。
三代続く神につかえる家系に生まれる。
1969年皇学館大学文学部国文科卒業。同年、神宮司庁に奉職。
伊勢神宮、熊野那智大社、大洗磯前神社など44年間神職として勤めあげられました。
現在は神職をリタイヤし、地元伊勢で様々な方々と活動。伊勢神宮、瀧原宮、熊野那智大社などに奉職。
奉職を終えた今は、ライフワークとして伊勢神宮の歴史、しきたり、参拝の作法などを伝えていく務めをしておられます。
伊勢神宮広報課では、来賓をもてなすほか、神宮から発信される情報誌、伊勢市観光ポスターなどに写真家として自身が撮影した作品が利用され世の中に向けて伊勢を発信してられてました。
伊勢神宮の春夏秋冬、講談社「伊勢神宮」も平成七年に発刊。
伊勢神宮にて奉賽部部長も兼任されてました。
日本写真作家協会会員